医療過誤訴訟勉強帳② ~診療ガイドラインと医療水準

弁護士 内橋 一郎

1.  備忘メモ~診療ガイドラインと推奨レベル
①  診療ガイドライン: 診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書(Minds)。
②  推奨レベル
A:強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる。
B:科学的根拠があり、行うよう勧められる。
C1:科学的根拠はないが、行うよう勧められる。
C2:科学的根拠がなく、行わないよう勧められる。
D:無効性あるいは害を示す科学的根拠があり、行わないよう勧められる。
2.  診療ガイドラインと医療水準
・  医療ガイドラインが、一定のエビデンスに基づいて作成された、汎用性を有するものであることにかんがみれば、医療ガイドラインは、当該ガイドラインが対象としている性格の医療機関においては、医療水準を認定する際の重要な証拠資料の一つになる(判タ1306-71)。
・  診療ガイドラインは注意義務違反の判断にあたっての『一応の基準』となる(潮見「不法行為法Ⅰ」333頁)。
・  裁判所は診療ガイドラインが学会等の信頼できる専門家団体によって作成され、専門家の間に普及していれば、診療ガイドラインに則った診療を医療水準と認めているといってよく、そこから外れた診療行為がなされた場合にはその理由についての説明を医療側に求めている(平野「診療ガイドラインと裁判規範の形成」359頁)。
3.  参考になる論文
(1) 平野哲郎「診療ガイドラインの策定と裁判規範の形成」
・  よく整理された論文で、実務的実証的研究として参考になる。
・  360頁:添付文書についての最判平成8年1月23日が「医師が医薬品を使用するに当たって文書に記載された使用上の注意事項に従わず医療事故が発生した場合にはこれに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」が…複数の医師からの聞き取りによれば、医師らは、製薬企業が作成した使用説明書である添付文書より専門家のコンセンサスである診療ガイドラインの方に重みがあると考えているという。
・  362頁:ある知見についての研究成果が論文や学会で発表され議論を経て、当該分野のコンセンサスとして診療ガイドラインに結実する過程そのものが知見の普及を促すし、その策定過程に直接関わらない医療者にとっても診療ガイドラインという成果物が入手できる状態に至ればその知見は医療水準として認められたといってよい。
・  364頁:訴訟ガイドラインが訴訟で使われることがあり得るために、診療ガイドラインを策定する際に訴訟を意識して推奨レベルを設定するなどの政策的判断がなされているといわれている、Mindsフォーラム2016では、ガイドラインの策定に関与したフロアの医師から地方には10年前のエビデンスで診療している医師がまだたくさんおりそのような人がガイドラインを遵守していないということで叩かれないように配慮してガイドラインを改訂する際に膵諸レベルを慎重に設定したという発言があった。
・  364頁:診療ガイドラインの利用者である医師の多くは、ガイドラインに法的拘束力があると考えている。
・  365頁:医療界内部の事後審査といえる産科医療補償制度の原因分析や医療事故調査における院内調査でも診療ガイドラインは基準として用いられている。
・  372頁:日常診療において常識と思われるような項目であってもエビデンスレベルの高い論文がなければグレードCに留まらざるを得ないと指摘されている。
(2)  桑原・淺野「ガイドラインと医療訴訟について」
・  Mindsガイドラインセンターが弁護士に執筆を依頼したもので、ガイドラインを引用した211の裁判例を抽出・検証し、その作成や利用の注意点を考察したもの。
・  2頁:ガイドライン不遵守がないと判断された92件では過失がないと判断されたものが90件(97・8%)と圧倒的に多い一方でガイドライン不遵守があると判断された66件過失があると判断されたもの(31件:47%)と過失がないと判断されたもの(35件:53%)の件数がほぼ拮抗していた。
・  2頁:過失がないと判断された理由をみると、1)医療現場の実情(人的・物的環境、実臨床の状況等)、2)ガイドラインの作成時期が本件医療行為よりも後であること、3)ガイドラインを過失の有無の判断に用いることに消極的であるべきこと、4)ガイドラインと相反する他の医学文献の存在、5)ガイドラインをそのまま適用することが当該患者の症状にそぐわないことなどがあった。
・  14頁:仙田地裁平成21年1月27日判決は、医療行為の時点では急性胆道炎に関する本件ガイドラインが発行されてから4カ月経過していたのであるから、少なくとも被告病院のような総合病院において消化器科を担当する医師らにとっては医療水準であったとした。
・  14頁:東京地裁平成19年9月20日判決は、インフルエンザ脳症に関するガイドラインが発表されたのは本件の約9か月後ではあるけれども、ガイドラインが平成16年までに発表された文献等を参考文献としていること、被告医師本人がガイドラインの内容に則って治療をしようと考えていた旨述べていることに照らせば。ガイドラインの内容は、本件当時も一般的知見であったと推認することができるとした。

以上

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