医療過誤事件の解決事例

医療過誤事件については、長年にわたり患者側の立場で多数の事件を担当してきました。

医療過誤事件について訴訟となり判決をもらったケース、判決前に和解したケース、提訴にする前に示談で解決したケース、調停でまとまったケースなど、数々の医療過誤事件を担当してきました。

※個人情報保護の見地から事案の概要のみとし、患者の方の情報も性別と年代(例えば50才代)だけにして、特定がないようにしております。

産院にて自然分娩で出生した低体重児が、生後3日目に吐血し、NICUある病院に救急搬送されたが、出血性ショック⇒低酸素虚血性脳症となり、 孔脳症・脳性麻痺となったケースで、血糖値の測定義務や因果関係(低血糖⇒ストレス⇒AGML⇒胃出血⇒出血性ショック⇒低酸素虚血性脳症)等が争点になりました。

一審の神戸地裁平成30年2月20日判決は、血糖値測定義務違反の過失を認めるも、医師側提出の私的意見書に依拠し、 低酸素虚血性脳症は出血性ショックではなく高カリウム血症が原因である可能性がある、胃出血はAGMLではなく真性メレナの可能性がある、 AGMLとしてもIUGRや分娩期のストレスが原因となった可能性もあり低血糖ストレスが原因とは断定できない等として因果関係を否定し患者側請求を棄却しました。

これに対し、控訴審である大阪高裁平成31年4月12日判決(判例時報2443号27頁掲載)は、患者側の提出した多数の医学文献等に基づき、 吐血前に低血糖があった、低血糖ストレスによるAGMLが原因となって胃出血し出血性ショックが発症したのであり高カリウム血症は出血性ショックの結果である、 分娩自体のストレスが主たる原因とは考えにくい、IUGRの影響の可能性も否定できないがそれも含めて治療に当るべきで因果関係の判断において重視すべきではない等として、 患者側の請求を認容しました。

多数の論点が複雑に絡み合う難しいケースであり、不作為型医療過誤の因果関係論における高度の蓋然性の立証は容易ではありませんでしたが、 多数の医学文献を積み重ねて、高裁での逆転勝訴を勝ち取ることができました。

新生児が出生した病院で、MRSAに感染し、化膿性関節炎により脚長差、膝関節の可動域制限等の後遺障害が残ったケース。

神戸地裁平成19年6月1日判決は、医師には患者がMRSAに感染したことについて、感染を予見し、 かつMRSAに対して有効なバンコマイシンを投与すべき注意義務を怠った過失があるとして、病院(国立病院)の責任を認めました(判時1998-77掲載)。

50才代の女性が、蝶形骨縁髄膜腫摘出手術の際、内頚動脈付近まで腫瘍を摘出しようとしたところ、内頚動脈を損傷し、患者に重篤な後遺障害が残ったケース。

神戸地裁平成19年8月31日判決は、医師(国立大学教授)裁量の範囲を超えて操作すべきではない部位について操作を加えた等の過失が認められるとして、 大学病院の責任を認めました(判時2015-104掲載)。

鑑定人は、どこまで摘出すべきかについては医師の裁量の範囲内としたのですが、神戸地裁判決は、摘出の必要性、摘出した場合の危険性と結果の重大性、他の代替手段等を総合的に勘案して、 裁量を逸脱したとして、病院(国立大学病院)の責任を認めました。

経口抗凝固薬の処方にあたり、その添付文書の血液凝固能検査をしなかったことにつき医師の過失を認め、かつ患者の死亡との間に相当因果関係があるとしたケース。

添付文書の記載に違反して凝固能検査をしなかったことにつき医師の過失は明白ですが、過失と死亡との相当因果関係は画像上、 右脳内出血とくも膜下出血の所見があり、そのいずれが優位であると画像上言いきれないことから、その証明は容易ではなく、 誰が担当しても勝訴できたという事案ではなく、相当困難な事案の1つだったと思います。 しかし、因果関係の立証に関する最判昭和50年10月24日の援用、医学文献収集、協力医との検討等の努力したところ、 神戸地裁平成27年1月20日判決は、相当因果関係を認めました(判時2268-83掲載)。

50才代の男性が、前交通動脈瘤が破裂して、搬送された私立病院で、クリッピング術を受けたのですが、不適切になされたため、 左前大脳動脈閉塞を認め、翌日、クリップを掛け直しがなされたところ、出血性梗塞を発症し、その後死亡するに至ったケースで、 初回クリッピング後の確認や再クリッピングの適否等が争点となりました。

平成20年9月、神戸地裁で、病院(私立病院)が一定の損害賠償金を支払う勝訴的和解が成立しました。

訴訟では、鑑定人を2名とする複数鑑定を希望し、採用されました。ところが、2名の鑑定人ともが、原告(患者)側主張に対しては消極的な意見でした。 しかし、私的鑑定等により不利な鑑定を乗り越え、勝訴和解を勝ち取ることができました。複数の公的鑑定を乗り越えての、勝訴和解は価値が高いと自負しております。

20才代の男性が、肺炎治療のために入院中、カニューレが外れて気道を閉塞したために呼吸困難となり、 心電図モニターの心拍数アラームが鳴動していたにもかかわらず、看護師が適切なアラーム対応を怠ったために低酸素脳症に陥り、 植物状態にとなって事故から約10か月後に死亡するに至ったケースで、看護体制やアラーム対応、既往症等による素因減額等が争点となりました。

神戸地裁平成23年9月27日判決は、ナースステーション内に在室する看護師はアラームが鳴った時には直ちにモニターを確認し、 病室を訪問して異常の原因を除去したり、医師に異常を伝える等の措置を採るべき義務があるが、 病院はそれを怠ったとし、アラームに気がつかなかったとすればそれ自体が過失であるとして、 病院の責任を認めました(医事法判例百選【82】-174、判タ1373-209掲載)。

病院は控訴し、私的鑑定書等を提出して争いましたが、控訴審(大阪高裁)においても、裁判所から、 患者側の主張が容れられた和解案の提案があり、患者側として満足のいく和解が成立しました。

2才の女児が左目を強打し、相手方病院(私立病院)を受診したが、 診察した麻酔医は、左下眼瞼打撲と診断し、洗浄、消毒、軟膏塗布のみで帰宅させ、検眼、治療はしなかった。 翌日再度受診した際は、眼科医が診察し、眼底検査及び超音波エコー検査を実施し、翌日での大学病院受診を指示。 受傷3日目に大学病院を受診したが、高度な視力障害が残ったケース。

神戸地裁平成14年8月27日判決は、受傷初日に眼科を呼ぶか、転医の手続を取るべきであり、2日目においてもRAPD検査を実施すべきであった、 そうすれば外傷性視神経障害を強く疑うことが可能であり、ステロイド大量療法を実施していれば改善しえたとして、病院の責任を認めました(裁判所裁判例情報 = 裁判所ウェブサイト掲載)。

鑑定では、直ちに眼科的治療を施行していても視力は回復できなかったとされたのですが、医学文献や私的鑑定書を提出し、不利益鑑定を乗り越えることができました。

70才台の男性が、胃癌摘出後のフォロー中、22年9月ALP上昇、超音波で胆管拡張を認め、また23年1月でもγGTP、ALP高値、CTで肝内胆管拡張、MRCPでの閉塞機転の有無を考慮してはとの放射線医の示唆があったが、経過観察を継続した結果、23年4月の検査で胆管癌が確認されたケース(男性は24年6月死亡したが、22年9月ないし23年1月に胆管癌が発見されていれば肝切除が可能で一定の生存が可能であったとして提訴)。

一審の神戸地裁平成29年5月24日判決は、鑑定結果に依拠して、22年9月時点で胆管癌を疑う具体的症状があったとまではいえないが23年1月時点では造影CT、MRCPでの検査をすべきであるとして過失を認めたものの、その時点で肝内胆管癌の診断ができたとしても肝切除を行うことができず本件経過と異ならないとして救命の因果関係を否定しました。

控訴審(大阪高裁)では、請求棄却した一審判決を見直した上で、23年1月の時点での過失に基づく一定の和解金の支払いと謝罪条項を盛り込んだ和解が30年1月に成立しました

大腸癌を発見され、私立病院にて、年明けに手術予定であった60才代の男性が腹部痛を訴え、 その病院を受診したのですが、午前5時及び9時の受診では、投薬のみでX線検査もしないまま様子を見ていました。 しかし、11時過ぎにX線検査をしたところ、フリーエアを認め、ようやく穿孔性腹膜炎と診断されます。 開腹手術が行われたのですが、術直後より、敗血症ショックとなり、死亡するに至ったケース。

早期に穿孔性腹膜炎の診断が可能であり、治療を早期に開始していれば救命し得たかどうかが争点でしたが、 鑑定は、診断は可能であったとしたものの、死因は誤嚥であったとの意外な結果になりました。 補充鑑定を申し立て、文献等で根拠を示し、鑑定人に再度意見を求めたところ、修正意見を引き出すことができました。

平成16年5月、相手方病院が一定の損害賠償金を支払う勝訴和解が成立するところになりました。

20才代の男性が発熱し体調不調を訴え、相手方医院(診療所)を夜間、受診し、確定診断を得られず、検査のため入院。 入院3日の早朝から状態が急変し、午前4時には意識混濁状態となり、午前7時に死亡するところとなった。 急変した時点で転送していれば救命できたかどうかが重要な争点となりました。

元大学教授であった鑑定人は、転送しても改善は望めず、むしろ死期を早めるだけであるとしたのですが、 鑑定人に対する尋問を実施し、尋問結果を踏まえて、鑑定の問題点を指摘したところ、再鑑定の申請が採用されました。 再鑑定では、午前4時の時点で転送すべきであり、救命できた可能性がある(大きい)とされ、その再鑑定結果を前提として、勝訴和解が成立しました。

無痛分娩・計画分娩のために入院したが、当初分娩誘発のために使用した陣痛促進剤が過量であること、 14時10分の時点で変動性一過性徐脈が認められ、その開始から元に戻るのに1分以上かかっており、 危機的レベル3の過強陣痛となっているのに適切な措置(酸素吸入、収縮抑制剤投与、体位返還)をとっていないこと、 14時50分の時点で胎児心拍数基線変動微弱を認めているにもかかわらず、陣痛促進剤を増量していること、 14時50分~15時、変動性一過性徐脈が続き、遷延性一過性徐脈と評価され、危機的レベル5に該当し、 帝王切開をとらなかったこと等のため、子宮裂傷、頸管裂傷、産道裂傷が生じ(胎児は17時過ぎに出産)、 高次医療機関に転院して治療を受けたが、低酸素脳症となり、死亡するに至ったケース。

証拠保全後、示談交渉にて、勝訴的和解(示談)。

30才代の女性が産婦人科(診療所)を受診し、妊娠8週目であると診断された4日後の夜、腹部痛を訴え、入院したが、入院した翌朝死亡するに至ったケース。 死体解剖で、子宮外妊娠破裂による失血死と診断されました。

平成19年7月、初診の際のエコーで、子宮外妊娠の診断が可能な症例であり、子宮外妊娠の見逃しがあったとして、訴訟外の和解(示談)が成立しました。

40才台の女性が腰痛、臀部痛、足趾痺れがあり整形外科を受診したところ、硬膜内髄外腫瘍との診断で手術を行ったところ、術直後から両下肢対麻痺が出現し後遺障害が残ったケース。

交渉の結果、相当額の示談金を支払うこと及び謝罪条項を盛り込んだ和解(示談)が平成30年8月に成立しました。

60才代の女性が作業中転倒し、左下腿骨折と診断され、手術。 その後、相手方病院(私立病院)で、保存的治療が施行されたが、下腿痛・運動制限が改善せず、リハビリを受けるも、 左下腿の筋肉低下で立位不可の後遺障害を残したケース。

平成18年5月、RSD(反射性交感神経ジストロフィー)を早期に疑い治療を開始すべきところ、RSDを見逃し、 早期の治療を行わなかったとして、相手方病院が一定の損害賠償金を支払う訴訟外の和解(示談)が成立しました。

60才代の女性が背中の痛みを覚え、相手方病院(私立病院)に入院したが、患者の胸椎病変に対する原因検索が不十分なため、 化膿性脊椎炎の診断が遅れ、対応が遅れたことより、両下肢機能全廃の後遺障害が残ったケース。

平成16年6月、相手方病院が一定の損害賠償金を支払う訴訟外の和解(示談)が成立。

人口膝関節置換術の際にMRSA感染したために状態悪化し、その後入退院を繰り返した上に後遺障害が残ったケース。

調停を申し立て、病院が相当額の解決金を支払うことを認めて調停成立しました。

20才代の女性が、病院(私立病院)で、局所麻酔下によるリンパ節摘出術を施行した際、副神経を損傷し、左副神経麻痺等の後遺障害を残したケース。

平成18年7月、相手方病院が責任を認めて、一定の損害賠償金を支払うと共に謝罪する訴訟外の和解(示談)が成立。

口腔底がんの診断を受け、血管内治療により抗がん剤を投与されたところ、抗がん剤が誤って患部以外に投与されたため、重篤な両下肢運動障害を生じ、その後呼吸状態困難となって死亡したケース。

示談交渉の結果、病院が相当額の解決金を支払うとともに、本件医事紛争に係る事実を真摯に受け止め、以後、同様の事態が生じないよう改善に努める旨の謝罪条項を盛り込んだ和解(示談)が成立するところとなった。

単純ヘルペス脳炎が疑われ、検査・診断・治療ないし転送義務が争点となったケース。

一審での鑑定では単純ヘルペス脳炎とは断定できないとされ一審敗訴でしたが、控訴審では転送義務を中核に据えて主張し相応の和解が成立しました。

前立腺がんを疑うべき症候があったにもかかわらず、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA検査をしなかったために発見が遅れ、その間にがんが進展してしまったケース。

訴訟提起後、訴訟上の和解により解決しました。

形成外科では皮弁移植後に採取部に皮膚壊死を生じ後遺障害が残ったケース(示談)、脳神経外科で手術ミスと考えられるケース(示談)、歯科でのインプラント治療の適否・説明義務が問題となったケース(調停成立)など、数々の医療過誤事件や介護事故を担当してきた経験と実績があります。

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