医療過誤訴訟勉強帳③ ~気管吸引時のアセスメント・監視(東京地判H31年1月10日判決)
医療過誤訴訟勉強帳③
~気管吸引時のアセスメント・監視に関する東京地判H31年1月10日判決の判示から
1. 東京地裁H31年1月10日判決(判時2427-32)
中顔面低形成に対する手術後、一般病棟に入院中、気管切開カニューレから痰の吸引を行う際に容態が急変し救急措置を受けて蘇生したものの低酸素脳症による遷延性意識障害の後遺障害を負ったケースについて、東京地裁H31年1月10日判決は次のような判示をした。
(1) 8月10日気管切開を受けカニューレは挿入したこと、8月14日午後2時頃細いカニューレに交換されて吸引により多量の粘稠痰がみられ酸素投与が行われていたこと、本件事故直前の午後5時20分頃、看護師の吸引により中等量の粘稠痰がみられたこと、同吸痰後も肺雑音や痰が絡んだような咳が見られたことからすると、8月14日午後5時26分頃、原告は痰により気道が狭窄又は閉塞する危険があったため、気管吸引を実施する必要があった。
(2) 日本呼吸療法医学会が平成19年に作成した「気管吸引のガイドライン」において、吸引の必要性があるか判断し、低酸素血症か、吸引刺激により病態悪化の可能性があるかを確認の上、1回の吸引操作を10秒以内で挿入開始から終了まで20秒以内で実施し、吸引の実施中及び実施後に、視診(顔貌、皮膚色、表情)、触診(胸郭の動き)、聴診(肺雑音)を行い、脈拍、血圧、疼痛や呼吸苦の有無等を確認するとのアセスメントを実施すべきとしている。
(3) 原告の状態を前提とすると、上記ガイドラインにおけるアセスメントの趣旨及び内容に従うべきであったから、本件病院の医事従事者は、気管吸引を実施しない状態であっても、患者が低酸素血症から低酸素脳症に至るリスクが相応にあることを考慮し気道閉塞の有無を確認し、あるいは気道閉塞に至らないようにアセスメントをすべき義務があるというべきであり、看護師は原告に対して再吸引を実施しようとしてこれを実施した8月14日午後5時26分0秒から5時31分45秒までの間、原告に対して上記アセンスメントを実施すべき義務を負っていたというべきである。
(4) 看護師は再吸引を実施するにあたり、1回目の吸引に協力的であった原告が激しく抵抗しておりかつ酸素飽和度計が外れてSPO2を知り得ず、呼吸困難と吸引への抵抗との区別がより困難になっている状況において、同人の顔貌を観察する、呼吸苦の有無を尋ねて観察するといったアセスメントを実施せずまたアセンスメントが十分にできないことを踏まえて異常な事態であると判断して吸引を中止することも、応援を要請することもしなかった。したがって看護師は上記義務に違反したと認められる。
(5) 看護師が上記時間帯に原告に呼吸困難等の異常が生じている可能性を予見し吸引を直ちに中止して、顔貌や呼吸苦の確認等のアセスメントが不可能であれば応援を要請するなどの行動をとっていれば、本件病院の医療水準及び医療環境を踏まえると、原告が気道閉塞を起こしていたことに気付き、あるいは気道閉塞の可能性も念頭に置いた救命処置が可能であったと認められる。原告は午後5時27分40秒頃から28分45秒頃まで意識消失(これは低酸素脳症の急性期症状である)に至ったことからすれば、本件病院の医事従事者がこれよりも早い時点で処置にあたっていれば原告は低酸素脳症に至ることはなく、不可逆的な脳障害が生じることはなかった高度の蓋然性があると認められる。
2. 関連判例
判時解説には次の判例が関連判例として紹介されている。
(1) 東京地裁H1年3月29日(判時1521-104)
・ 装着していた気管カニューレが気管から抜け出したものについて有責判断。
(2) 神戸地裁姫路支部H5年12月24日(判タ915-232)
・ 装置の脱落を知らせるアラームのスイッチを入れ忘れたものについて有責。
(3) 神戸地裁H23年9月27日(判タ1373-209)
・ モニターのアラームが鳴っていたのに看護師が、気が付かなかったものについて有責判断。
(4) 東京地裁H14年2月13日(判タ1140-214)
・ 気管支喘息の患者が人工呼吸管理中に呼吸不全が原因で脳組織低酸素状態になった場合に有責判断。
(5) 東京地裁H18年3月6日(判タ1243-224)
・ 気管切開カニューレを装着した患者について医師らに痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務違反を認め有責判断。
(6) 大阪高裁H30年9月28日(判時2419-5)
・ 気管切開カニューレにティッシュペーパーが詰め込まれていたケースで有責判断。
3. 関連判例(3)の判例は内橋が担当しました。
以上
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