医療過誤訴訟勉強帳⑦~医療過誤訴訟と民法改正
1.2020年4月1日から改正民法が施行されています。
以下では医療過誤訴訟に関係する消滅時効の改正を中心に、あわせて法定利率、経過措置について説明します。
2. 消滅時効
(1)消滅時効とは、権利を一定期間に行使しない場合に権利を消滅させる制度で民法にその規定があります。
医療過誤訴訟は患者側が病院側に対し損害賠償を求める訴訟ですが、病院の治療行為(作為だけでなく不作為も含む)により被害を受けた場合でも患者側は医療の素人ですので病院の医療行為に疑問があってもそれが医療過誤かどうかは直ちに判断できないこともありますし、患者側から病院を訴えることに躊躇があることもあります。医療過誤なのかどうか、また病院を訴えるべきかどうか、あるいは訴えていいものかどうかについて悩んでいる間に時間が経ってしまうことも当然あることです。しかし、医療過誤訴訟が損害賠償請求を求める裁判であることから民法の消滅時効にかからない間に訴訟を提起する必要があります。
(2)消滅時効は、今回の民法改正で次のようになりました。
① 民法167条
・ 権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年
・ 権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年
・ いずれかが先に完成した時は時効消滅する。
② 724条
・ 不法行為による損害賠償請求権は被害者またはその法定代理人が、損害及び加害者を知った時から3年(改正前と同じ)
・ 不法行為の時から20年(改正前は除斥期間とされたものを時効とした)
③ 724条の2
・ 人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権については権利を行使することができるときから20年(167条の10年を20年に伸長)
・ 人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権については損害及び加害者を知った時から5年(724条の3年を5年に伸長)
(3)医療過誤訴訟は、医療契約の受任者である病院の債務不履行と構成することも可能ですし、また医療水準を逸脱した過失ある不法行為と構成することも可能です(両者の関係については債務不履行と不法行為の選択的併合とされる例が多い)。また人の生命または身体の侵害による損害賠償請求になりますので民法724条の2が適用されます。
したがって医療過誤訴訟での消滅時効は、債務不履行構成では、権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年、権利を行使することができるとき(客観的起算点)から20年ないしということになります(そのいずれかが先に完成した時は時効消滅する)。また不法行為構成では損害及び加害者を知った時から5年ないし不法行為の時から20年ということになります。
債務不履行構成の「権利を行使できることを知った時」と不法行為構成の「損害及び加害者を知った時」とでは表現は違いますが、ほぼ同じことになると思います。「損害及び加害者を知った時」というのは要は不法行為性を基礎付ける事実(過失行為、損害事実、因果関係)を認識することですが、「権利を行使することができる時」も債務不履行に基づく損害賠償請求権を基礎づける事実(債務不履行、損害事実、因果関係)と解されますので、同じことになると考えます。すなわち単に医療事故のあった事実(損害)を知っただけではなく、医療過誤(過失、債務不履行)ではないかと疑うに足りる事実関係を知った時ということになると考えます。どういう場合がそれにあたるかは事案によります。判断の基礎資料になるカルテの開示のあった時との考えもあるのでしょうが、療過誤かどうかの判断は素人には容易ではないことから、検討にかかる時間も考慮する必要があるでしょう。弁護士のところに相談にいって専門的な助言を得た場合であることもあるでしょうし、協力医からの有責意見を頂いた時ということもあろうかと思います。
3. 法定利率
医療過誤訴訟は被害者の方の受けた損害賠償(慰謝料、逸失利益等)を請求するものですが、医療過誤のあった日に損害賠償請求権が発生する関係でその日からの遅延損害金が発生することに なりますので、本体的請求とあわせて医療過誤のあった日からの遅延損害金を請求することが一般的です。
その場合の遅延損害金ですが、従前は損害額に対して年5%の割合とされていたのですが、今回の改正により3%になりました。
4. 経過措置
改正規定は2020年4月1日施行ですので、損害賠償請求権が発生した日すなわち医療過誤のあった日が施行日以降であれば新法が適用されますが、施行前であれば旧法が適用されるのが原 則です。
遅延損害金の算定に用いられる法定利率は、医療過誤のあった日が施行日以降であれば新法(3%)が適用されますが、施行日前であれば旧法(年5%)が適用されることになります。
ただし、人の生命・身体の侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権について主観的起算点からの時効期間を5年に伸長した改正の趣旨から被害者保護を進める必要があるとして、新法施行日に既に3年の時効が完成していなければ、新法(5年)を適用することとされています。
5. まとめ
医療過誤訴訟の場合、上記のとおり、改正民法のもとでは、消滅時効期間は「権利を行使することができることを知った時」ないし「損害及び加害者を知った時」から5年とされますので、おそくとも、それまでには訴訟提起等の手続きを行う必要があります(改正前は主観的起算点の一般的規定はなかったので債務不履行構成では10年と解されていた)。
のみならずカルテの保存期間が5年で画像は2年(ないし3年)とされています。保存期間が過ぎれば直ちに廃棄してしまうわけではないとしても、病院側に不利な証拠であれば廃棄していないのに廃棄してしまったと言われてしまうこともあり得ます。
また弁護士に相談した場合でも、医療過誤といえるかどうかに関する調査が原則的に必要です。また訴訟提起するには訴訟を維持できるだけの証拠がそろっているかなどの検討や訴訟提起の準備も必要になります。協力医の意見も聞く必要があります。
医療過誤ではないか、病院を訴えるべきかどうか、あるいは訴えていいものかどうかについて悩まれておられる場合には、時効期間のぎりぎりではなく、早めに弁護士に相談された方がいいように思われます。
以上